ニュースの概要
DHLグループは、シンガポールで医薬品や医療関連の物流設備を増強している。中心となるのは、DHL Global Forwardingがチャンギ空港の自由貿易区域内に整える、3,047平方メートルのコールドチェーン(=低温を保ったままの輸送・保管網)拠点だ。2〜8℃と15〜25℃の二つの温度帯に対応し、医薬品の適正流通基準であるGDPに沿って運営される。扱う品目は、ワクチン、生物学的製剤、医療機器、臨床試験の資材など幅広い。狙いは、航空機が到着してから域内の届け先に着くまでの間に起こりがちな温度の逸脱を抑えることにある。アジアの医療物流で、空港直結の温度管理を強みにしようとする動きといえる。
引用元: DHL、シンガポールでGDP対応コールドチェーン拠点などを拡張(BioSpectrum Asia)
分析・見解
空港の敷地内に置く意味は待ち時間を減らすこと
医薬品の輸送で危ないのは、飛行機の中よりも地上での時間である。機内の温度は比較的安定している。一方で、駐機場や搬入口では、気温や日差しの影響をじかに受ける。シンガポールは一年を通して高温多湿だ。荷物が降ろされてから次のトラックに載るまでの数十分が、品質を左右することは珍しくない。
今回の拠点は、チャンギ空港の自由貿易区域(=関税の手続きを後回しにできる特別な区域)の中にある。到着した貨物を、通関を待つ間も温度管理された室内で預けられる。「降りたらすぐ冷蔵室へ」という動線の短さが、この拠点の価値の中心だ。
2〜8℃と15〜25℃を同じ建物で扱える強み
2〜8℃は、ワクチンや生物学的製剤(=生きた細胞などを使ってつくる薬)の標準的な温度帯である。新型コロナのワクチン輸送では零下数十度の超低温が話題になった。しかし日常の医薬品物流で量が多いのは、この冷蔵の帯だ。派手さはないが、需要の土台はこちらにある。15〜25℃は、錠剤、医療機器、臨床試験の資材に多い。
二つを一か所で受けられると、荷主は窓口を一つにまとめられる。臨床試験では特に効く。治験薬、比較用の薬、検査キットが、別々の温度帯で同じ病院へ届くことがよくある。業者がばらばらだと到着時刻がずれ、現場の受け取り作業が複雑になる。同じ拠点で仕分けて一括配送できれば、病院側の負担も減る。
3,047平方メートルは小さいのか、それとも十分か
大型の物流倉庫と比べれば、この面積は控えめに見える。しかし冷蔵設備は電気代が高く、広げるほど無駄も増える。医薬品は体積あたりの金額が大きいため、小さな拠点でも採算を取りやすい。欧州や中東の主要空港でも、医薬品専用の拠点づくりが続いている。大きさを競う段階は過ぎ、空港との近さと処理の速さを競う段階に入っている。
ここからは筆者の読みだが、この施設は長期保管の倉庫というより、荷物が短時間で入れ替わる通過点として設計されているのだろう。回転が速ければ、面積が小さくても処理できる量は多い。
認証よりも日々の温度記録が信頼の差になる
GDPに準拠した拠点は、アジアでも増えている。もはや認証の取得だけでは差がつかない。問われるのは、温度の記録を途切れさせないこと、そして逸脱が起きたときに原因を説明できることだ。
製薬会社の品質監査では、設備の写真よりも記録データと対応手順書が見られる。センサー、報告の速さ、再発防止の仕組みまで含めて、初めて投資が信頼に変わる。今回の拡張も、建物ができた後の運用で評価が決まるだろう。
ビジネスへの影響
委託先には空港での待ち時間の実績を聞く
拠点の新設は、それだけでは品質の保証にならない。荷主が確認したいのは、到着から冷蔵室に入るまでの実際の所要時間、過去の温度逸脱の件数と原因、逸脱時の連絡手順だ。数字で答えられない事業者は、運用がまだ固まっていない可能性がある。契約前に、実績データの提示を条件にしたい。
あわせて、責任の分担も決めておく。逸脱が起きたとき、薬を廃棄するのか、品質部門が判断して使うのか。誰が連絡し、何時間以内に決めるのか。事前に文書にしておくと、トラブル時の損失が小さくなる。
温度帯の集約は費用と手間の両方を見て判断する
一社に集約すると、窓口が減り、管理が楽になる。反面、料金は専用設備の分だけ高くなりやすい。2〜8℃の品目だけを移し、15〜25℃は従来の業者に残すといった段階的な切り替えも現実的だ。品目の単価、保管期間、遅延時の損失額を並べ、どこから移すかを決めるとよい。
臨床試験を進める企業なら、被験者への薬の到着が遅れる損失は大きい。この領域は、費用より速度と確実さを優先してよい。
一か所に頼るリスクへの備えも並行して進める
空港直結の拠点は便利だが、停電、設備故障、空港全体の混乱が起きれば、影響も一か所に集中する。代替ルートや予備の拠点を持つか、非常時に優先して扱ってもらう条件を確認しておきたい。日本企業にとっては、アジア域内への再配送の中継点として使えるかが検討の軸になる。まず少量の試験輸送を行い、記録の質を自社の目で確かめてから本格導入するのが堅実だ。
